そこで、講習をしてくれた方が「この健康グッズは100均で購入できますから!」と連呼するんです。
100円でなんでも購入できるお店は、たくさんの方に重宝され、今の日本には無くてはならない存在になっていると思います。
でもぼくは、この「何でも100均至上主義」が恐ろしくてたまりません。
なぜなら、そもそもなんでも売値が100円で成立するわけがないと思うんです。
どうも「何でも100円だからよい、安ければ安いほどよい」という考えだけが先行し、原料や、作ってくれてる人への敬意が無視されているように感じるのです。工業製品だからといって、全く人の手がかからないものなんてありません。
「そもそもこれを100円で作れると思いますか?」と。
そこには、裏で低賃金で苦しんでいる人がいますし、社会全体の所得が、巡り巡って徐々に落ちていくという負のスパイラルにつながると思っています。
今の日本は、とくに何も考えることなく、直感的に「安ければよい」という考えにあまりにも偏りすぎていると思います。
経営者の仕事の中で、最も難易度が高く、高度で、重要なことに「値付け(値段を決めること)」があります。
値付けをちょっとでも間違ってしまえば、他社との競争に一瞬にして負け、仕事はなくなり、開発費も、人件費も、費やした時間も、すべてを無駄にしてしまいます。安くしすぎても、高くしすぎてもダメです。なので、決して簡単に決められることではありません。
ぼくも、新商品を出す際は、あらゆる競合になりそうな商品の価格を調べ上げ、どのぐらいなら、市場に受け入れてもらえるのかを比較検討しています。価格は、商品の見た目(デザイン)と全く同じように重要だと思っています。
話は大きくなりますが、
今の日本は、“モノやサービスの価値”と、“価格”のバランス感覚がぐちゃぐちゃになってきているような気がします。その“見る目”の低下が、社会全体の低所得化につながっていると思っています。
義務教育の中で、“モノやサービスを作るには、どのような希少価値のある材料が使われているのか” “それは、どのぐらい価値のあるものなのか” そして、“それを使って加工、製造するには、どれだけの人の労力と期間が必要なのか” を実体験を踏まえ、伝え、取り組んでいかなければならないと思っています。
そうじゃないと、自分たちを、自分たち自身で首締めることになると思うんです。